私は小学校3、4年生の頃、父から厳しい叱責を受けることがありました。学校の成績、生活態度、来客への対応などに突然怒り出し、時には人前で厳しく注意されることもありました。手を挙げることは一度もありませんでしたが、現代の視点でいえば精神的な暴力に近いような叱り方で、当時の私は、そのたびに強い不安や緊張を感じていました。特に印象的なのは、父が月2回ほど単身赴任先から戻るたびに緊張のあまり嘔吐してしまったことです。
思い出すだけでも、胸の奥がざわざわとする感覚がよみがえります。

あの頃の自分は早朝4時頃に目が覚めてしまう毎日で、やることもないまま仕方なく散歩に出る日々でした。当時は外で犬を飼うのが一般的で、散歩の途中に近所の犬たちに会いに行くことが唯一の慰めでした。動物たちの温かさに触れることで、孤独で不安な心が少しずつ救われていたのだと思います。
ある日、父に内緒で飼っていた「ひよこ」が父に見つかってしまいました。家で動物を飼うことを嫌っていた父は家の外に出すよう私に命じました。恐怖でしかなかった父に逆らうこともできず、父の言う通りにするしかありませんでした。翌朝、ひよこは死んでいました。
この出来事は、子どもながらに強い喪失感と悲しみを抱かせました。大人になってからは父への怒りが沸々と湧き、許せない気持ちに苛まれることもありました。
小学生の間は、私は父に反抗することはありませんでした。6年生頃になると、叱責は急激に減りましたが突然怒り出す父への恐怖は続きました。やがて成長とともに知恵もつき、怒られそうな場面を予測して早く寝てしまうなど自分なりの防衛策を身につけるようになりました。中学生になると父が私に対して怒りを爆発することがなくなり、ようやく安心して過ごせるようになりました。
父からの叱責は小学校時代の短期間でしたが、人格を否定されて顔色をうかがう子供時代を送り、この頃に身に付いた他者の顔色をうかがう自分は今も完全には消えていません。敏感な私はHSP気質と知るまで、「自分には価値がなく、弱いダメな人間なんだ」と思っていました。しかしHSPという気質を理解したことで、「なるほど、自分は外からの刺激や叱責に特に敏感に反応していたのだ」と腑に落ちました。
もしかすると私がHSP気質でなければ、父へ反抗したり叱責の受け止め方も違っていたかもしれません。 生きずらいのはアダルトチルドレンのせいと思っていましたが、HSP気質も併せ持っているのだとわかり、長い人生の疑問が解けた気がします。
HSPであることを知ることで名前が付いたような気持ちになり妙に安心しました。 そして自分の過去の体験を否定せずに受け入れられ、心が少しずつ楽になったのです。
父は幼い頃に父親を亡くしたため、父親の記憶がないそうです。 父親としての振る舞い方がわからなかったことや、仕事のストレスを私にぶつけていたのかもしれません。
当時は昭和の時代背景もあり、父なりに一生懸命に厳しく育てたつもりなのだと解釈することに決めました。
そう思うことに決めるまで簡単な道のりではありませんでしたが、今の整理された自分の心で年老いた 父を見た時、もう自分のためにこれ以上戦うのはやめようと思いました。 自分自身のために。 いまだアダルトチルドレンの回復途中ですが、きっと自分らしく生きていけると今は信じています。
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