HSPはどうして考えすぎるのでしょうか?他人の感情を考えすぎた結果、物事が複雑になってしまうことがあります。人から、考えすぎだよ、シンプルに考えようと言われることがありますが、シンプルに考えることが必ずしも良い結果になるとも思えません。ただ、考えすぎて非常に疲れることは確か。 自分の中に、「考えすぎて苦しい」という側面と同時に、「考えないことで誰かを傷つけたくない」という思いがあり、単純に「考えすぎるのをやめましょう」という話ではありません。
まず、HSPという概念について一つ整理すると、HSPの人は一般的に刺激や情報を深く処理する傾向があると言われます。
「Aと言ったらどう思うだろう」
↓
「でもBと受け取られるかもしれない」
↓
「いや、過去の経験からするとCの可能性もある」
という思考が止まらなくなります。
これは能力でもあり、負担でもあります。
ただ、ここで興味深いのは、シンプルに考えた結果、人が傷ついている場面を見ると、シンプルに考えることが良いとは思えないという点です。私はここに大事な視点があると思います。
実際、相手の気持ちを全く考えない人、思ったことをそのまま言う人が周囲を傷つけることはあります。
だから「考えること」自体は悪くありません。
問題は、考えることと、責任を抱え込むことが混ざってしまうことです。
例えば、「この人は今疲れているかもしれない」までは観察ですが、「だから私が何とかしなければ」になると責任になります。さらに、「もし傷ついたら私のせいだ」まで行くと、自分が背負う必要のない部分まで抱えています。
多くのHSPの人が疲弊するのは、相手の感情を感じ取る能力そのものではなく、相手の感情に対する責任まで引き受けてしまうことです。
実際には、相手の感情は相手のものです。
こちらが配慮できる範囲はありますが
・相手の機嫌
・相手の解釈
・相手の人生経験
まではコントロールできません。
私は「シンプルに考える」より、十分に考えたら、そこで思考を終了することが大切だと思います。
例えば、この発言で傷つく可能性はあるかな?と考える。
考えた結果、
- 言葉遣いを丁寧にした
- 誤解を避ける説明を加えた
- 相手を尊重した
ここまでやったなら、その後の「でも嫌われるかも」「本当は怒っているかも」「実は迷惑だったかも」は推測の領域です。推測には終わりがありません。
人間関係は、
- 自分を100%守る
- 相手を100%守る
を同時に達成できないことがありますだから現実的には、自分も相手も80点くらいで済む状態を目指す方が長続きします。
HSPの人は無意識に100点を目指しやすい傾向がありますが、100点を目指すほど、考える量が増え、疲労が増え、結果として余裕がなくなります。
多くのHSPの人は、相手の疲労には敏感なのに、自分の疲労には厳しいことがあります。
本来は、相手を傷つけない、自分も消耗しすぎないという両方が大切です。
もし相手を守るために自分が常に疲弊しているなら、その状態は長期的には誰にとっても良い結果になりません。
考えた先にある責任や不確実性まで抱え続けてしまうことが苦しさの中心ではないかと思うのです。
相手への配慮という長所は残したまま、「ここまでは私の役割、ここから先は相手の領域」
という線引きを少しずつ作れると、疲労感はかなり変わります。
「もっとシンプルな人」になる必要はなく、「考える力の使いどころを選ぶ」方向のほうがHSPには無理がなく心の負担は軽くなります。