人生の折り返しを過ぎて、ようやく言葉にできる本音があります。
それは、「親を好きになれない」という感情。
子どもの頃、父は厳しい人でした。
厳しい、というよりも否定的だったと言ったほうが正確かもしれません。
何かをすれば指摘され、褒められた記憶はありません。
「それじゃダメだ」「まだ足りない」「そんなこともわからないのか」そんな言葉が、日常的でした。
母は、そんな父に何も言えない人で、私をかばうでもなく、父に異を唱えるでもなく、ただ静かに従っていました。
子どもながらに、「ここには味方がいない。私はひとりぼっちだ」と感じていました。
そして私は、とても敏感な子どもで、いわゆるHSP気質。
人の表情や声のトーン、場の空気のわずかな変化にもすぐ気づいてしまう。
だからこそ、父の機嫌や母の沈黙の意味を、言葉以上に感じ取ってしまいました。
怒鳴られていなくても、父の視線で怒りは伝わる。
何も言われなくても、「否定されている」という感覚だけが残る。
そんな環境の中で、常に父の顔色をうかがい、「どうすれば波風が立たないか」をいつも考えていました。
その結果、人の顔色をうかがうこと、空気を読むこと、それは生き延びるために必要でしたが
同時に「自分がわからなくなる」始まりでもありました。
大人になって、「アダルトチルドレン」という言葉を知ったとき、
ああ、これは私のことだと思いました。
そしてそこにHSPという気質が重なることで、より強く影響を受けてきたのだとも感じました。
人一倍感じ取りやすく、傷つきやすい。
自分を守るために過剰に適応してきたその積み重ねが今の自分をつくっている。
衣食住に困ることはなく不自由なく育ててもらったことには感謝しています。
だからこそ、「親を好きになれない」と感じることに罪悪感を持っていました。
象徴的だったのが、自分の結婚式です。
花嫁から両親への手紙。
多くの人が涙する、あの場面。
私は、どうしても手紙を書くことができませんでした。
感謝の言葉を書こうとしても、手が止まる。
思い出そうとしても、浮かんでこないのです。
何を書いても嘘になる気がして、結局、手紙は用意せず花束贈呈だけでその場をやり過ごしました。
どうしても私には無理だったのです。
そして今、50代。
人生後半になり、両親は高齢になり年を取ったなと感じます。
会いに行かなければ、優しくしなければ、とも思うのです。
でも、心が重く足が向かない。
そんな自分に、また少し罪悪感を抱く。
HSPである私は、親と接するだけで消耗してしまいます。
何気ない一言も深く受け取ってしまい、あとから何度も思い返してしまう。
子供の頃の親を許すとに決めたのに、「もっと愛されたかった」という思いを完全に手離すことが
できないのかもしれません。
「距離を取りたい自分」と「離れてはいけないと思う自分」という葛藤は簡単には消えません。
でも、最近になって、少しだけ気持ちの持ち方が変わってきました。
何よりも自分の心を守ることを優先しようと。
自分の心を守る関わり方3つ。
1.好きにならなくてもいい
まず、親を好きになれない自分を許すこと。
親子だからといって、無条件に好きでいなければならないわけではないし、感謝と愛情は
必ずしも同じではないのだと思います。
「育ててもらったことには感謝している」「でも、どうしても好きになれない部分がある」
その両方が同時に存在してもいいのです。親を好きになれない、そんな自分を責めなくて良いのです。
2.適切な距離を保つ
「距離を取ることは必要な選択」と受け止めることです。
特にHSPの自分にとっては、物理的な距離、心の距離を意識して保つことが大切です。
距離を取ることはわがままではなく、心を守る手段でもあるのです。
親に期待しすぎない、変わってもらおうとしない、過去の出来事を責めたりしない。
そして、当時の両親の気持ちを聞いてみたくなりますが、これは期待外れに終わることが多いのではと思いました。
一度、当時のことを確認してみた父親の答えは「そんなひどいことをした覚えはない。
かわいがって育てたのにそんなことを言うなんて許せない」というものでした。
忘れているのか不明ですが、その時は気持ちがざわついて憎しみが沸いてきました。
会話をしていると、「やっぱり好きになれない」とほぼ毎回感じてしまいます。
感謝と愛情は、必ずしも同じではないのです。必要以上に近づかず、自分が疲弊しない距離を選ぶ。
それは冷たいことではなく、これからの人生を穏やかに生きるための、大切な工夫だと思いました。
そして、過去は変えられないけれど、これからの関わり方は自分で選択できる。
たとえば、会う頻度を決めること。
私は、父、母それぞれ合う頻度、時間の長さを決めて自分の気持ちに無理をかけないようにしています。
会ったときも、深い話をしようとせず、天気や体調など無難な話題にとどめる。
嫌な言葉を向けられたときは、真正面から受け止めず、心の中で一歩引く。
小さなことですが、HSPの私にはその一歩がとても大きいのです。
自分が無理なく続けられる形こそが正解なのだと思います。
3.理解してくれる人を持つこと
親を好きになれないことは、一般的に理解してもらえません。
でも、わかってもらえる人が一人いるだけで心が救われます。
私は、信頼できる古くからの友人に話を聞いてもらいます。
人生の後半になり、いつまでも親との関係に縛られ続ける必要はないと割り切ることができました。
もっと早く気づけたら、と思う気持ちが無いわけではありません。
でも、きっと今だからこそ、この年齢になったからこそ丁寧に自分の心を理解できるのだと思います。
最後に
親を好きになれない自分も、それでもどこかで関わろうとしている自分もどちらも否定しなくていい。
親との関係に静かな折り合いをつけて、残りの人生は自分が穏やかでいられる選択を重ねていきましょう。
人生後半、もう無理しない生き方にシフトしてもよい年代です。