「やっぱり父親を好きになれない」と思った夜
ひどく辛辣なことだと、自分でもわかっています。
それでも、やはり私は父親のことを好きになれません。
昨日、大河ドラマを見ていました。
徳川家康がかわいがっていた鳥を今川に打ち殺され、家康が涙を流す場面がありました。
その姿を見た瞬間、なぜか遠い昔の記憶がよみがえってきました。
それは、50年ほど前の子どもの頃の出来事です。
50年前の「ひよこ」の記憶
子どもの頃、私は内緒でひよこを飼っていました。
小さなひよこをとてもかわいがっていました。
ところが、父に見つかり「家の外に出せ」と命じられました。
子どもだった私は、父が怖くて逆らうことができませんでした。
言われるまま、ひよこを家の外へ出しました。
そして翌朝、ひよこは死んでいました。
そのとき私は、父の前で泣くことができませんでした。
悲しかった。
悔しかった。
どうしていいのかわからなかった。
いろいろな感情を抱えながら、一人で泣きました。
そして、自分で庭にひよこを埋めました。
50年近く前の出来事なのに、そのときの光景や気持ちは、まるで昨日のことのように鮮明に思い出されます。
「あのときの自分」が今も心の中にいる
普段は忘れているつもりでも、心の奥には残っているのです。
ドラマの一場面をきっかけに、あのときのやり切れない気持ちが一気によみがえってきました。
そして、悲しみと一緒に、父に対する大きな怒りも湧き上がってきました。
「あのとき、どうして私は何も言えなかったのだろう」
「どうして父に逆らえなかったのだろう」
子どもの自分には、どうすることもできなかったのだと思います。
怖いと思う相手に逆らうことなど、できなかった。
ただ言われたことに従うしかなかった。
今の自分なら、そう理解することができます。
でも、子どもの頃に感じた悲しみや悔しさは、なかったことにはできないのです。
父を「受け入れられた」と思っていたけれど
大人になってから、私は父親のことを少し受け入れられるようになったと思っていました。
「父も父なりに大変だったのだろう」
「もう昔のことなのだから」
そんなふうに考えることで、過去を整理してきたのだと思います。
けれど、最近の父を見ていると、「結局、何も変わっていないのではないか」と感じることがあります。
ちょっとしたことですぐに怒る。
自分のことを優先する。
相手の気持ちを考えようとしない。
そんな姿を見るたびに、私は父を人として尊敬することができないのだと感じます。
そして、改めて気づきました。
私は、父を本当の意味で許すことができていないのだ、と。
親だからといって、好きにならなくてもいい
「親なのだから、好きでなければいけない」
「親なのだから、大切にしなければいけない」
「いつかは許さなければいけない」
そんな思い込みを、私たちは知らず知らずのうちに抱えているのかもしれません。
だから、親を好きになれない自分に罪悪感を持ってしまう。
私自身も、そうでした。
けれど、50代になった今は、もう無理をする必要はないと思っています。
親子だからといって、必ずしも心まで近くにいる必要はありません。
無理に理解しなくてもいい。
無理に許さなくてもいい。
無理に仲良くしなくてもいい。
一定の距離を置きながら関わることも、自分を守るための大切な選択なのだと思います。
「自分を守ること」を最優先にする
今の私は、父とは一定の距離を置いて関わっています。
冷たいと思われるかもしれません。
親不孝だと思われるかもしれません。
それでも、この距離感を保つことが、今の私にとって自分の心を守るための大切な方法です。
もう、父に心を壊されたくありません。
50代になった今、自分の人生を生きるために、自分の心を最優先してもいいと思っています。
もし、私と同じように「親を好きになれない」と悩み、罪悪感を抱えている人がいたら伝えたい。
無理に受け入れなくてもいいのです。
無理に近い関係を持たなくてもいいのです。
「自分で自分を認める」ということ
今さら、自分を否定し続けてきた人から認めてもらう必要はありません。
私は長い間、「認めてもらいたい」と思っていたのかもしれません。
父に否定されるたびに、自分が悪いのではないかと思ってしまう。
何をしても認めてもらえないと、自分には価値がないように感じてしまう。
でも、もうその必要はない。
自分のことは、自分で認めればいい。
そう思えるようになってからは、父に否定されても、以前ほど悲しくも残念にも感じなくなりました。
「父はそう思うのだろう。でも、私は私でいい」
そう思えるようになったからです。
50代からは、自分軸で生きていく
親を好きになれない自分を責めるのではなく、そんな自分も含めて認めてあげる。
過去の自分が感じた悲しみや怒りも、「そんなことくらい」と小さく扱わず、大切な感情として受け止める。
そして、自分の心が傷つかない距離を選ぶ。
それもまた、自分を大切にするということなのだと思います。
「親だから」という理由だけで、自分を犠牲にする必要はありません。
50代になった今だからこそ、私は自分の人生を自分の軸で生きていきたい。
誰かに認めてもらうためではなく、自分自身が「これでいい」と思える人生を生きるために。
親を好きになれなくてもいい。
許せなくてもいい。
距離を置いてもいい。
嫌いになるには理由がある。
私はまだ完全には許せない。
でも、そのことで自分を責めるのはやめようと思います。
同じように悩んでいる方の心が、少しでも穏やかになると幸いです。
