働き方を変えることを考えていた頃、私は少し罪悪感を感じていました。
フルタイムで働くことが心身ともにつらくなり、「このままでは疲弊してしまう」と感じていたのに、それでもなかなか決断できませんでした。
仕事を減らしたら、周りの人に迷惑をかけるのではないか。
今まで頑張ってきたのだから、もう少し頑張るべきなのではないか。
そんな気持ちがありました。
そして、もうひとつ大きかったのが、自分自身に対する罪悪感でした。
「まだ頑張れるのに」と自分を責めてしまう
本当に、もう働けないわけではありませんでした。
つらいとはいっても、頑張ろうと思えば、もう少し頑張れる。
だからこそ、迷いました。
「定年まであと数年なのだから、そこまで頑張ればいいのでは?」
「ここまで続けてきたのだから、最後までやり切ったほうがいいのでは?」
「もっと頑張れたのではないか?」
そんな思いが何度も出てきました。
限界まで頑張って、それでも続けられないのであれば、諦めもつくのかもしれません。
でも、「できるけれど、もうそこまで頑張りたくない」という気持ちを、自分で認めるのは意外と難しいものです。
働き方を変えると、現実的な差も生まれる
もちろん、気持ちだけで働き方を変えることはできません。
勤務時間を減らせば収入も減ります。
正社員と比べれば、待遇や保障などの面でも差が出てきます。
だからこそ、家計を見直し、「収入が減っても、この働き方なら生活していける」というところまで具体的に考えました。
不思議なことに、そこまで現実的に考えてみると、少しずつ気持ちが整理されていきました。
「働く時間を減らす」ということには、それなりの代償がある。
収入も減るし、これまでと同じ立場ではなくなる。
その現実を受け入れることで、ようやく「私はこの働き方を選んでもいい」と思えるようになったのです。
それでも残った「自分への罪悪感」
周囲に対する罪悪感は、少しずつ小さくなっていきました。
けれど、最後まで残ったのは自分自身への罪悪感でした。
「もっとできたのでは?」
「あと数年くらい、頑張ればよかったのでは?」
そんな気持ちは、働き方を変えると決めた後にも残りました。
長い間、仕事を続けてきた自分にとって、仕事は単なる収入を得る手段ではなかったのだと思います。
責任を持って働くこと。
必要とされること。
成長すること。
そうしたものが、いつの間にか自分自身の価値と結びついていました。
だから、仕事の量を減らすことは、単に勤務時間を減らすだけではありませんでした。
「今までの自分から少し離れること」のように感じていたのだと思います。
「もっと頑張れた」と「もう頑張らない」は両立する
でも、今は少し違う考え方ができるようになりました。
もしかしたら、私はもう少し頑張れたのかもしれません。
定年まで働くことも、できたのかもしれません。
それでも、
「頑張れたかもしれないけれど、もうそこまで頑張らない」
という選択をしてもいいのではないでしょうか。
「できないから諦める」のではなく、「これからの自分のために、頑張り方を変える」。
そう考えると、働き方を変えることは、これまでの自分を否定することではなくなりました。
頑張ってきた自分を、今度は自分が大切にする
50代になると、これまでと同じように働き続けることだけが、これからの人生ではないのだと思います。
これまで十分に頑張ってきたからこそ、これからは自分の心身や暮らしにも目を向けていい。
定年まであと数年だからこそ、その数年間をどう過ごしたいのかを考えてもいい。
仕事を減らしても、これまで積み重ねてきた経験がなくなるわけではありません。
正社員ではなくなっても、自分の価値がなくなるわけでもありません。
働き方を変えても、私は私です。
そして、今まで頑張ってきた自分を、今度は自分自身が大切にしてあげてもいい。
そう思えるようになったことが、私にとって働き方を変える決断への大きな一歩になりました。
「もっと頑張れたのでは?」
そう思う自分がいてもいい。
そのうえで、
「でも、私はこれからの自分のために、この働き方を選びます」
と言ってあげてもいいのだと思います。
